上州・群馬県安中市鎮座 鷺宮咲前神社 開運厄除、方位除、身体健全、子宝、安産、養蚕の神さま

中後閑神社(なかごかんじんじゃ)
中後閑神社
鎮座地
中後閑1479番地4
主祭神
伊邪那美命・速玉之男命・事解之男命
創建
文安4年(1447)
祭典日
春祭  4月1日
秋祭 10月15日
芸能
 不詳。

由緒
 当社は、字田屋(旧三ツ木)に鎮座する旧諏訪神社で、明治四三年字坂詰村社熊野神社、末社八坂社、字塚原大山祇神社、末社秋葉社、八坂社、字長足金山神社、末社大山祇社、八坂社、字原浅間神社、末社稲荷社、琴平社、字西久保稲荷神社、末社八幡社、秋葉社八坂社、字久保諏訪神社、字大沢諏訪神社、末社八坂社、琴平社、大山祇神社、末社八坂社を合祀し中後閑神社と改称した。
 『安中志』には「字三ツ木 諏訪大明神 祭神前所見 一、例祭 七月廿七日 家数五拾三軒程の鎮守 同佐左衛門持」とあり、中後閑村の中で一番氏子軒数が多かった。また合祀社中の字坂詰熊野神社は、室町中期に後閑城を築城した依田政知が、鎮守として峠の熊野神社から勧請した社で、北条政時を始め後閑氏を名乗る新田景純、信久、真純などの歴代城主、領主の崇敬があり、江戸期には安産信仰により菱餅が奉納され、祭りに際し散与された。また当社境内には、大正一四年の聖徳太子碑があり太子講が行われたようだ。