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| 当鎮座地は神代、経津主命が建御名方命を追って、上信国境の荒船山に御出陣の時の行在地であると伝わり、『和名抄』に云う磯部郷と呼ばれ、これは物部姓、石上部より起こると言われている。 当社鎮座の由来は、安閑天皇元年(五三四)に神石「雷斧石」三体の御出現を仰ぎ、社殿を造営し、物部姓磯部朝臣小倉季氏(貫前神社旧神主、尾崎家祖)のもと経津主命を東国鎮護、開拓の神として祀られた。 その後、白鳳元年(六五○)第十一代小崎邦平、神託により神楽の里蓬丘菖蒲谷へ遷座し、現貫前神社の鎮座となった。この時、磯部郷前の宮跡を先の宮と崇め香取神宮より神霊を迎え、改めて咲前神社が創建された。また下磯部字尾崎は、屋敷跡と云われ三輪明神を祀ったと伝わる。 その後、御神威が増し『上野国神名帳』に「碓氷郡 従五位上 咲前明神」と記載され、片岡郡に御分霊の鎮座、足利満兼より荘園の寄進がなされた。また、 江戸時代より特に養蚕守護の信仰が高まり、県内外から多くの参詣者があったようである。 |
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