咲前神社(さきさきじんじゃ)
鷺宮三三○八番地
健経津主命 大己貴命 保食命
安閑天皇元年(五三四)鎮座 白鳳元年(六五○)創建
歳旦祭 一月一日
春祭例大祭(一の市) 四月一日
二の市 四月一九日
三の市 四月二八日
夏越大祓 七月三一日
一一月七五三祭
秋祭 一○月一五日
稲荷祭 一二月一五日
「太々神楽」(市指定重要無形文化財)春祭に奉納。
「浦安の舞」平成一○年より始まり、春祭、歳旦祭の奉納されている。
「獅子舞」 現在休止 稲含神社より伝わる秋畑流と云われる。
   
 
 
当鎮座地は神代、経津主命が建御名方命を追って、上信国境の荒船山に御出陣の時の行在地であると伝わり、『和名抄』に云う磯部郷と呼ばれ、これは物部姓、石上部より起こると言われている。
 当社鎮座の由来は、安閑天皇元年(五三四)に神石「雷斧石」三体の御出現を仰ぎ、社殿を造営し、物部姓磯部朝臣小倉季氏(貫前神社旧神主、尾崎家祖)のもと経津主命を東国鎮護、開拓の神として祀られた。
 その後、白鳳元年(六五○)第十一代小崎邦平、神託により神楽の里蓬丘菖蒲谷へ遷座し、現貫前神社の鎮座となった。この時、磯部郷前の宮跡を先の宮と崇め香取神宮より神霊を迎え、改めて咲前神社が創建された。また下磯部字尾崎は、屋敷跡と云われ三輪明神を祀ったと伝わる。
 その後、御神威が増し『上野国神名帳』に「碓氷郡 従五位上 咲前明神」と記載され、片岡郡に御分霊の鎮座、足利満兼より荘園の寄進がなされた。また、 江戸時代より特に養蚕守護の信仰が高まり、県内外から多くの参詣者があったようである。

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