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| 当社は往古、原市字鍛冶村の真下幾太郎氏の邸内に鎮座していたが、文化初年、有志により社殿玉垣等を新築し現在地に遷座した。 以来、中御門家(楽道、笙を司る公家)の祈願所となり殷賑を極めた。社宝に文政七年(一八二四)同家奉納の抱柏御葉牡丹の紋の「紫縮緬幕」を蔵する。その後、天保年間に社頭は一時衰微するが、明治一六年(一八八三)に至り村民信徒が奮起して修築を施し、境内風致を改めると共に「簗瀬の市」を開き再興した。 本殿は文化年間に造営され、拝殿は文政六年(一八二三)の造営であり、天井格子には奉納者の家紋が描かれている。そして信仰の証である絵馬の中には、祭礼の様子が美しく描かれている物を蔵する。 また境内地は、安中氏の出張城であったと伝えられ「城山」と称す。『安中志』によれば建治元年(一二七五)四月の頃に安中氏の祖、二位中納言惟基が築城し応永六年(一三九九)三四世の後の重国の時に越後国へ移ったとする。 |
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