榎下神社(えげじんじゃ)
原市三四五一番地
味□高彦根命・大己貴命
大永五年(一五二五)
春祭 四月十五日
夏祭神幸祭 八月第一日曜日
除夜祭 十二月三一日
境内に神楽殿があり、かつては神事芸能が行われた。
   
 
 
当社は、安中忠清が榎下城を築き、地主神諏訪社を城の鬼門の守護として遷座して、その跡に越後国新発田より知賀戸明神を勧請して、疫病除け、武運長久を祈り祀った。その後、正徳三年(一七一三)に社号を近津明神に改め、明治に至り旧に復し榎下神社とした。
 尚、近津明神は、陸奥国一宮都々古別神社(福島県鎮座)を本社とする。
 夏祭が例大祭にあたり、盛大に行われ、現在七区域の輪番で祭典を担当し、御輿三基と子供御輿が朝八時に出御し、各地区を渡御して夕方四時頃神社に還御する。
 明治の記録によれば、夏の例大祭神事には大麦醸造の神酒と小麦の強飯が供えられ、麦の豊作感謝と疫病除けが祈られ、碓氷川に御輿が渡御し喧嘩御輿により、勝った村には疫病が流行らないとされたが、これは改めて、各村々を巡幸するようにしたと記されている。
 境内は、参道が長く神杉が鬱蒼とし、裏手に八咫川が流れ神寂びた神域である。社殿は、明治二七年に氏子中の篤志により、大がかりな修築が施された。また燈籠、水盤に元禄年間の古いものがある。

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