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| 当社は平安期の創建と伝わる古社で、旧上磯部村、西上磯部村の鎮守である。明治期に上磯部村字諏訪辺諏訪社、字向山諏訪社、西上磯部村字杉木八幡宮、字寺前白山社、字荒神竈社等が合祀された。 磯部温泉に鎮座していることから、明治以来多くの文人が当社を参詣したようで、岡本綺堂の大正六年(一九一七)四月発表作『葉桜まで』には春祭の様子が描かれているので、一部を記す。「明日はいよいよお祭で、今夜は宵宮だというので、町の家では軒ごとに提灯をかけた。近在からも花見がてらの参詣が多いのを見越して、町もおのづと景気づいていた。」昭和四○年代には、温泉地らしく境内の小動物園で猿鹿熊などが飼育され、現在は神池に鯉が放たれ公園も兼ね、菊華展などが開催される。八月一五日の磯部温泉祭では、源泉で神事の後、御輿の渡御と夜には花火大会が行われ、境内を埋め尽くすように露店が建ち並ぶ。又、当社には中野谷出身の算学者、高麗多一氏の明治二○年奉納「算額」があるが、損傷している為、昭和五二年(一九七七)に有志により復元算額が奉納された。 |
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